執筆:土屋朋代
地域の課題を解決するため立ち上げた2つの事業
宮崎県日向市で70年近くの歴史がある「内山建設」。“地域社会にとってなくてはならない会社になる”という企業理念から、地域貢献に熱心に取り組む会社です。
建築や土木工事を手がける傍ら、2009年には堆肥の製造販売を行う会社「エコロ」を立ち上げます。スギの生産量が日本一、牛・豚・鶏の生産額が全国2位を誇る宮崎県ですが、それぞれに大きな課題が。林業ではスギ樹皮の処理にコストがかさみ経営を圧迫、また、畜産業では大量に出る糞尿の不完全な処理が土壌汚染を引き起こしていました。この問題を解決すべく、取引のあった肥料製造業者とともに研究、開発を進め、天然素材の土壌改良材や堆肥の製造を開始しました。
一方で、内山建設は、日向市が原産の香酸柑橘「へべす」を生産する「ひむか農園」も運営しています。地元では身近な果実であるへべすですが、生産量は非常に少なく県外への流通はごくわずか。2018年頃から栽培エリアを日向市内から宮崎県全域へ拡大し、県をあげて新たな名産品としてブランド化に着手したものの、効果は今ひとつでした。規模拡大には企業参入が不可欠という考えから生まれたのが、ひむか農園です。
業界の常識にとらわれない感性を育てた異色の経歴
内山建設を率いる社長の内山雅仁さんは、先代となる2代目社長の次男として日向市に生まれました。幼少の頃から長男が会社を継ぐと宣言していたため、土木の仕事を身近に感じていながらも、会社に特別な関心はなかったとのこと。大学進学も、家業を意識することなく法学部に進み、大手銀行に就職します。
中小企業を応援したいという思いで熱心に仕事に取り組み、本店のある大阪への異動を経て順調にステップアップを果たしますが、バブルがはじけると状況は一転。業績が低迷する企業からの資金回収など、意思とまったく逆のことをしなくてはいけないことに疑問を感じ始めます。転職も考えていたタイミングで、長男が東京の仕事を続けることになり、内山さんに白羽の矢が立てられたのです。
突然の展開に迷いもあり最初は断りましたが、先代は後継者がいなければ会社を畳む覚悟でした。子供の頃から会社の従業員の方々には家族のように接してもらったこともあり、そんな人たちを自分の身勝手な判断で路頭に迷わせるわけにはいかない、と、宮崎に戻り家業を継ぐことを決意。業界の常識にとらわれない柔軟な思考は、他業種での経験も大きく影響していると言います。
穏やかな気候と美しい海と山が自慢の自然豊かな地
宮崎県の北東部に位置する日向市は、温暖な気候と美しい山々、黒潮踊る太平洋など雄大な自然が自慢の町。重要港湾「細島港」を中心とした港湾工業都市でもあり、東九州自動車道の開通により、東九州随一の陸・海の物流拠点として発展を続けています。また、全国随一のサーフスポットとしても知られ、県外からも多くのサーファーが季節を問わず訪れます。
歴史的には、江戸時代、この地域は幕府直轄の、いわゆる天領でした。天領は、政治的・経済的に重要なところに置かれます。伊豆は金、石見は銀、足尾は銅の産地として、長崎は貿易の拠点として、そして、日田は上質な日田杉を産出することで重宝され、幕府の支配下に置かれました。それゆえ年貢を納める必要がなかったこの土地の人々は、のんびり穏やか。争いも少なかったせいか、手付かずの豊かな自然が残されています。
地域の自然や人々のために使命感をもって取り組む
スギの生産量日本一、牛・豚・鶏の生産額全国2位、と豊かな資源が注目される一方で、これらの産業が盛んになるほど廃棄物の問題は切実です。エコロの事業は、建築・土木事業のパートナーでもある林業従事者や地元の畜産業者の悲痛な声に応えるため、そして何より地域の自然や人々のために、使命ととらえて取り組んでいます。
また、古くから地元で親しまれてきたへべすは、酸味・香り・風味のバランスが非常によく、さらに栄養価も高いのが特徴で、お酒やドレッシングはもちろん魚介類から肉料理まで和洋中さまざまな料理に合うのが魅力です。そんな無限の可能性をもつ果実を、自分たちだけのものにしておくのはもったいない。ひむか農園をとおして、より多くの人にへべすの魅力を知ってほしいと思っています。
年々深刻化する耕作放棄地をへべす栽培に利用
木々を切り倒し、土をアスファルトで覆い尽くすような大規模な建設は、人々の快適な暮らしのためとはいえ、環境破壊と捉えられることも少なくありません。そんな事業を生業にしていることもあり、地元の環境保全や地域貢献に対しては常に高い意識をもっています。
建設・土木事業で土地と関わるなかで近年気になるのは、農業者の高齢化や後継者不足による耕作放棄地です。耕作放棄地が増えると、農作物の供給に支障をきたすだけではなく、周りの生活環境にもさまざまな悪影響を与える恐れがあります。また、一度耕作をやめて数年たてば、農地の原形を失うほどに荒れてしまい再生するのは容易ではありません。そんな耕作放棄地を積極的に利用しているという点も、ひむか農園の大きなこだわりです。
とはいえ、はじめは必ずしもすべての地主に歓迎されたわけではなく、時には難色を示されることも。それでも丁寧に説明を続け、まとまった土地の確保に至りました。今では、地域の方から植樹祭の提案があるほど歓迎されています。
「単に物をつくって喜ぶのではなく、事業で地域の問題を解決し、物心ともに豊かな社会にする枠組みを構築していきたいですよね」と内山さんは語ります。
地元からでた廃棄物を地元の農産物の栄養に
ひむか農園におけるへべす栽培には、土のプロであるエコロのノウハウが生かされています。農園の土壌は専門家とともに定期的に分析し、土の状態に合わせて肥料や土壌改良材を投入することで、土壌を健全に保っています。ここで用いる肥料ももちろんエコロ産。じっくりと時間をかけて自然発酵させた、安心・安全で高品質な肥料を使用しています。この肥料の原料は、県内産のスギ樹皮や県内で育てられる牛や鶏、豚の糞尿です。地元ででた廃棄物を養分として、地元の特産品が力強く育つ……。まさに究極のサスティナブルといえるのではないでしょうか。
ちなみに、エコロをスタートした2009年は、サスティナブルやSDGsといった言葉が叫ばれるようになるずっと前のこと。土壌汚染の問題を解決するために始めた事業ということもあり、とにかく環境に負担をかけぬよう手間を惜しまずコツコツ真面目に取り組んできましたが、やっと時代が追いついてきた印象です。
へべすを起爆剤にまち全体の活性化を図る
ひむか農園は、2019年から地元のへべす農家とともに農地を整え、2021年には栽培をスタート。今後、作付面積として県内で最大となる10.5haまで拡大し、2033年にはへべすの生産量を年間250tまで引き上げるという壮大なプロジェクトです。
「生産量を増やすことで安定的な供給を確保し、果実や加工品をとおして多くの人たちに、まずはへべすを味わっていただくことを目指します。」
「また、へべすをブランド化することで、全国、ひいては世界にへべすの魅力を発信し、その産地として日向市が注目されれば、まちづくりにもつながると考えます。ひむか農園が発展すれば、エコロの活動も活発になり、バークや畜産堆肥の需要も高まりますし、まちが活性化すれば建設事業でも貢献できることがあるはずです。それぞれの事業を循環させながら、地域社会をよりよいものにしていきたいと思っています。」と、語気を強める内山さん。
まちづくりに携わって50年あまり。内山建設のチャレンジは続いていきます。